奇跡講座の「ゴール」

奇跡講座の「ゴール」は、何一つ赦す必要はなかったし、誰一人として救う必要はなかった、ということがわかること、です。

つまり、すべてははじめから全く赦されているので、何一つ赦す必要がないし、誰もがはじめからすっかり救われているので、誰一人として救う必要はない、ということです。

唯一、赦される必要があるのは、ただ、「赦す必要がある」という信念のみであり、唯一、救われる必要があるのは、ただ、「救う必要がある」という信念のみです。

要するに、自分が万物を断罪していたのであり、自分が万人を地獄に突き落としていたのだ、ということです。

ただし、これを単なる知的理解として頭脳だけで理解するのは、赦す必要性や救う必要性を信じている信念を、単に否認することにしかなりません。

そうではなく、このことが、体験的に、実感を伴って体感として理解できるようになる、ということが必要であり、そのためにこそ、奇跡講座があるというわけです。

それこそが、自分を赦すことであり、また、自分を救うことだ、というわけです。

自分がすっかり救われたとき、自分が体験している世界もまた、救われますし、自分がすっかり赦されたとき、自分が関わっていると見える人影もまた、すっかり赦されます。